根拠のない自信家は必読!?人間の器を決める要素はこれだ!

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こんにちは。チカゾウです。
「自信家」の人って、身の回りにも結構いますよね。
でも大抵の場合、「自信家」というワードは、あまり良い意味に使われません。いわゆる「人格者」と呼ばれる人の多くは、言葉や振る舞い、もっと言えば存在自体に自信が満ち溢れていて、何を語らずともこちらに伝わってきます。
私が常々思っていることですが、「自信家」と「人格者」には明確な違いがあります。
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「根拠の無い自信」なんて続かない

「俺には何故か根拠の無い自信がある!」
と、自慢気に無敵感を誇っている若者がいます。何を隠そう、挫折を知る前は私もそうでした。根拠のない自信を人に語ることで、多少なりとも他人から凄いと思われていると勘違いしていました。今思うと顔から火を噴きそうな位恥ずかしいのですが、おそらく当時周りの人達はそんな私を生暖かい目で見守っていたにちがいありません。あるいは若いうちは許されることなのかもしれません。
そして、きっと私以外にも「根拠のない自信」を振りかざしている人はたくさんいるに違いない!そう感じたので今回のエントリーを書いています。
実際、「根拠の無い自信」で検索してみると、根拠のない自信を持とう!的な記事がたくさん目に付きます。自分に自信が持てない人を励ます趣旨なのでしょうが、その自信が大きくなりすぎると問題です。
なにしろ経験も実績もないのですから、ビジネスなどでシビアにそれらの経験や実績が求められる局面で一気に不安感に支配されてしまいます。経験の無さが致命的な場合は、ビジネスが破綻したりします。(←実はこれも私の話)。
先にも書きましたが、自信を裏付けるのは「経験・知識」です。自信を持つためには、行動し、人に聞き、本を読み、スキルを高めるしかありません。「何を聞かれても大概答えられるし、最善の回答やアドバイス・プレゼンができる」と自分が思うことができればそれはもう「自信」以外の何物でもありません。

「根拠のある自信」×「謙虚さ」=「人間の器」

私は、大きな「自信」をもっていればいる程、それに見合う「謙虚さ」が必要になると考えます。
もし自信ばかり大きくて謙虚じゃない人が身近にいたらどうでしょう?正直うざいだけですよね。たとえ凄い能力を持った人だとしても、です。
逆に、謙虚だけど自信がなくてオドオドしている人は、やはり信頼感を得るのは難しいと思います。「この人の言うことを聞いていて大丈夫だろうか?」と相手を不安にさせてしまうかもしれません。

「自信」と「謙虚さ」のバランスが重要

自信があればあるほど、その大きさに見合った謙虚さが必要です。「自信」と「謙虚さ」を天秤にかけて、釣り合っていなければならないのです。十分すぎる経験を積んでスキルアップしたら、周りからはいやでも賞賛・嫉妬など様々な目を向けられます。それでも驕らず、同じだけ大きな謙虚さをもって生活していれば、その重みの分だけ、その人の器は大きくなり「人格者」へと近づくのではないでしょうか。
と、たまには脳内の人生観をアウトプットしてみるのもいいかな、なんて。
それでは〜

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